「株式面」の不思議

ずっと変わらないビジネス。
ずっと変わらないもの。
ずっと変わらないサービス。

これらは、それだけ有用性が低下しない本質を有しているんですよね。
それらから学ぶことは多い。
SP-Methodの研究対象でもあります。

しかし、自動改札と同じくらい不思議に思っていることがあります。
それは、日経新聞の株式面・投信面です。

もちろん、情報の入手経路が限られていた時代には貴重な情報源だったかと思いますが、20分遅れとは言え、タダでチャートがPCやスマホなど、あらゆるツールで入手できる現代で、なお生きながらえている理由は何なのでしょうか。

一日遅れの株価はデータ以外の価値はありませんし、まさか、あの情報をエクセルに落として…
としている人は皆無でしょう。

震災の際、抜けてしまったTVCMのスポット枠をACで埋めるのとは訳が違う。
SP-Methodの視点で、その有用性を担保している環境をずっと考えているのですが、どうしても理解できません。

以前、何故これだけ地震が多い国でありながら、木造の家の屋根に、重い瓦を載せるのか考えていたことがあります。
このイシューも明快な解は得られていませんが、私の中では、

「壊れるため」

ということで、解決しています。
つまり、壊れるために存在すると。

墓石も同じ。

地震国家なら、アメリカの墓地のように、スレート型にしてしまえば良い。
ですが、あのように直方体を、ご丁寧に縦方向に立てる。

「倒れるため」

としか、考えようがありません。

「あはれ」という感情を有する文化を持つ日本では、「あってもいいでしょう」という個人的な理解で納得してます。
「形あるものは壊れる」と。

翻って、日経の株式面。
紙面を増やす必要性があるのでしょうか。
環境の視点からも、削除されて叱るべきかとも思います。
日経ですから、日経平均やTOPIXといったINDEXのみでも良いでしょう。
逆に、これだけ金融市場がグローバル化していることを鑑みると、NYダウやドバイ原油だけで無く、もっと世界市場の情報を掲載すべきでしょう。

全く門外漢なので、いつまで経っても堂々巡りをしております。

この、株式面が生きながらえている理由、有用性を担保している環境をご存知の方がいらっしゃったら、是非ご教示頂きたいです。これで、またSP-Methodのケーススタディーが増えますので。

「あり得ない」が「あり得る」としたら

皆さん、「doggy bag」ってご存知ですか?

持ち帰り用の袋、容器のことです。
大量消費が美徳とされていた時代。
残り物を自分が食べるのに「愛犬のために」と遠回しに言ったことが始まりだとか。
今は「Wrap this?」と直接的に言うことも多いようですが。

いずれにせよ、欧米では、レストランで食べきれずに残ったものを持ち帰る習慣があります。

これって、素晴らしいですよね。
あちらでは、スモールと言っても日本のラージ以上。
少量で良くても大量に出てくる。

そうでなくても、元々小食の私は待ったく食べきれませんので、このシステムには相当お世話になりました。

翻って、日本。
「もったいない」の文化が根付いていると賞賛される日本。

なのに、持ち帰りはNGですよね。
食中毒等衛生面の懸念から、まず店側がやろうとしない。
だから、結局捨てちゃうんですね。

「もったいない」

欧米はあれだけ訴訟社会なのに、なぜ一般的なのかと不思議に思っていましたが、「自己責任」が徹底しているのでしょうね。

ここで考えてみませんか。
環境の変化を。

SP-Methodの基本。
有用性が向上するとしたら、どのような環境変化があったときか。

つまり、自己責任が徹底されるようになった場合です。

食べ残しに限ったことではありません。
例えば、安全性の情報を十分提供することにより、「消費期限」や「賞味期限」が過ぎた食品も販売できるかもしれません。
無償で、提供できるようになるかもしれません。
それを専門に取り扱うマーケットが出来るかもしれません。
災害が起きた場合の救援物資に活用してもいいですね。

あり得ないでしょうか?

景気低迷による所得の低下。
野菜などの生鮮食料品の高騰。
健康志向の高まり。
震災を受けた、節約志向。

「もったいない」文化を加速させる要因は、いくらでも転がっています。

さらに言うと、「自己責任」の浸透は食品だけではありません。

例えば、掃除機ロボット「ルンバ」
日本のメーカーが発売できない理由は明らかです。

「事故が起きると困るから」

ものを壊したり、人にぶつかったりしたときの、訴訟を怖がっているのです。

ですが、「自己責任」で使用し、何かあったもクレームをつけられないようになれば?

技術はあります。
こぞって開発競争になるでしょう.
ルンバなんて太刀打ちできない商品がすぐにでも上市されるでしょう。

この「自己責任の浸透」の影響は、計り知れません。

そうなったとしたら、御社はどのような商品・サービスを開発することが出来ますか?

「あり得ない」と切り捨てるのでは無く、「あり得るとしたら」を想定しておくことが重要です。
準備を周到にしているところに、ビジネスチャンスは生まれます。

そのような商品の棚卸しを、今のうちにしておきませんか?

自動改札機の不思議

日本の社会は「性善説」で成り立っているとはよく聞く話ですが、前々からずっと不思議に思っていることがあります。

それは、駅の改札と列車の中の検札です。
検札と言っても、「切符拝見」とされるのは新幹線くらいのものでしょうが。

感心するのが、自動改札。
素晴らしいですよね。2枚入れてもちゃんとチェックされて出てくる。
いや、自動でないときも、あの駅員さんの早業には目を見張るものがありました。

まぁ、電子マネー全盛の時代ですから、「2枚の切符を内部で分離してチェックした後、またきれいに一緒になって出てくる」自動改札機は、ほどなく「ピッ」に変わるのでしょうが、「改札」という儀式は残り、「改札機」という精巧な機器は使われ続けるわけです。

どう不思議に思うのかというと、「何故必要なのか」ってことなんです。
「あれっ、性善説じゃ無いの」って。

海外と言っても米国くらいしかしりませんが、公共交通機関では切符を買って乗車するのは当然であって、「改札」なんて無いところが多いですよね。(間違っていたらすみません)

ですが、抜き打ちで検札されるので、皆さんちゃんと購入して乗車している(と思ってます)

どれだけの導入コストがかかるか存じませんが、キセル乗車による損失と比較して、十分ペイするのでしょうか?
エラーで引っかかる乗客や機会のトラブルに対処するために、改札口に駅員を常駐させる労務費はいくらなのでしょうか?

そのような「儀式」を受けて乗車しているのに、「お休みの所申し訳ありません」と起こされて切符を「拝見する」意味はあるのでしょうか?

何の調査もせずに、直感で書いていますので、間違い等のご指摘は甘んじてお受けします。

ただ、何も鉄道会社をやり玉に挙げているつもりはありません。
このように、ビジネスの至る所に「目的と手段を取り間違えている」例が多くないでしょうか?と言いたいのです。

私も開発者でしたから、自分が開発した技術はかわいいです。
だから、何かに使いたい。そのままお蔵入りになったら悲しい。
会社としても、折角費用をかけて生み出した技術だから、モノにしたい。
サンクコストを考えてしまうんですよねぇ。

「駅ナカ」というのも、おかしな話。
業界の人間では無いので、何故「入場券」が必要か分かりません。
電車に乗らないのであれば、空港のように施設利用料を頂きますよということなのでしょうか。

でも、微々たる料金収入より、「駅ナカ」の魅力的なテナントでお金を落としてもらった方が、ハッピーなんじゃないのでしょうか?

改札機メーカーと鉄道各社がwin-winで、お客がloserになってたりしないのでしょうか?

私は、SP-Methodをご案内するときには、想定している商品を再定義することから始めることをお願いしています。
「その製品の目的は何ですか?」と。

それが完全に他のモノで代替されているとしたら、もう一度日の目を見るのは絶望的ですから。

でも、さらにその前に、「御社がお客様に提供しようとしているモノは何ですか?」と問うことが必要なのかもしれません。会社の本質は何なのか。どのような価値を提供できるのか。

FacebookのIPOの際、マーク・ザッカーバークが手紙にしたためたこの言葉。もう一度噛みしめておきましょう。

Simply put: we don’t build services to make money; we make money to build better services.
「私たちはお金儲けのためにサービスを作っているのではなく、より良いサービスを作るためにお金を稼いでいるのです」

分散と集中の狭間で

VHSの製造が終了したようですね。

パナソニック「さよならVHS」 デジタル化で生産終了 35年の歴史に幕

VHS vs beta の争いの真っ只中にオーディオ小僧をしていた人間にとっては、感慨深いものがあります。
その後、VHD vs LDというのもありましたが…..

カセットテープも同じ道を歩むのでしょうか。

さて、音声しかり映像しかり、およそデータと言われるものは、分散から集中に向かっているように感じます。
いわゆるクラウド化ですが、これは、場所を問わず、プラットフォームを問わず、同じ情報にアクセスできるというメリットがありますよね。つまり、効率を求めた結果と言えるわけです。

「効率を求めて集中」とは、最近どこかで聞きませんでしたか?
効率を求めた結果このような不具合が起きた。
これからは、分散化だ。

そう、電力ですよね。
分散して発電していたのでは効率が悪い。だから、なるべくまとめてたくさん作ろう。
しかし、その集約化に潜んでいたリスク要因を全く認識していなかったと。
目に見えないコストがかかっていたと。

戦前は、各地で小規模水力発電をしていました。まさしく、分散電源です。
それが、電力供給が地域独占の現体制になる段階において「効率化」の御旗の元、集中が進み淘汰されました。

震災を受けて、この流れが逆流している、集中→分散のかけ声が挙がっているのはご承知の通りです。

すると、データに関しては、この逆を行っていますよね。
分散(個別)→集中(クラウド)

SP-Methodを紹介している私としては、「さて」と思うところです。
この先はどうなるのだろうと。

安全性という観点からすると、個人が自分のPCのHDDにデータを持っているよりは、クラウドに任せていた方が安心・安全だ。冗長化されていて、バックアップ体制もとれている。確かにそうでしょう。個人では何重にもバックアップできませんし、メンテもしていません。

安心・安全で、かつ、いつでもどこでもアクセスできるのであれば、これほどラクなことはない。
最近は、無料でも30GBの容量を提供しているクラウドもありますから、以前のように不自由することもなくなってきています。

でも、どうなんでしょうか。
電力のようなことは起こらないのか。
今後、「ストレージ」という分野はどのように発展していくのでしょう。

政府のスマートメーター審議会でも、同様な議論がされていました。
住宅毎に設置されているスマートメーターから、直接その家庭のコントローラーに情報を送るのか。
それとも、一旦電力会社を経て提供するのか。
はたまた、別の第三者あるいはハウスメーカーのサーバーに集約するのか。

分散と集中という議論は、色々な分野にも存在します。
この切り口で新商品ネタを探してみると、面白そうですね。

「さよなら!伝説のソニー」の背景

「さよなら!伝説のソニー」

先般の週刊ダイヤモンドの特集のタイトルを目にして、感慨深く思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

私もその1人です。
大学時代は放送サークルに在籍しており、SONYの通称「デンスケ」にはお世話になりました。
ポータブル型のカセットテープレコーダーですが、インタビューの必需品。
プロアマ問わず、広く使われていました。
マイクもそうでしたよね。ラジオ局では必需品。

ダイヤモンドだけで無く、さまざまなメディアで、さまざまな人たちが分析、コメントしていますが、皆さんは々お考えになりますでしょうか。

失敗から得られるものは計り知れません。
自社の失敗はもちろんですが、他社の失敗(SONYには失礼ですが)からも貪欲に学びましょうね。

メディアに出ている批評を読んでいると、さも自分も分析し学んだように感じるかもしれませんが、それではもったいない。ファクトを自ら抑えて、自ら分析、そして、自社だったらどうするかまで、シュミレーションしましょう。

私としては、どのように考えているか。
様々な理由を挙げることが出来るかもしれませんが、SP-Method的に考えると、

「半歩先ではなかった」商品が多かった。

ということでしょうか。
1歩先のものから0.6歩(?)くらいの、まだ、時代と技術が追いついていなかった、そのようなタイミングで上市した商品です。

分かりやすいところから行くと、「電子書籍用リーダー」
CD-ROMをメディアに用いたリーダーをSONYは90年に発売しています。

これは、確実に1歩先。

しかし、ロケーションフリーを実現した「エアボード」は0.6歩先くらいだったでしょう。

これは、時代は求めていたところかと思います。
しかし、技術というか、インフラがもう少しだったのではないかと考えます。

この2つの技術、皆さんお分かりかと思いますが、いずれも、初代iPadが実現してますよね。
そして、爆発的に受け入れられた。

その意味でエアボードは実に残念。

1歩先だった「リーダー」は、断念しても仕方ないかとは思います。
しかし、0.6歩先だった「エアボード」は我慢して、「とことん」やってみても良かった。
「タラレバ」になりますが、SONYであれば、この程度は予測可能範囲内ではなかったでしょうか。
あの当時であれば、今よりはまだ余力もあったはず。

「あきらめる」のも勇気が必要ですが、「こだわって続ける」というの勇気が必要です。
経営者は、そのような「判断」「決断」を行うのが仕事です。
それが果たして出来ていただろうか。

この点が、私の考える、「SONY」の現状を説明するストーリーです。

忌憚ないご意見、お待ちしています。

新しい枠組を意識しましょう

連日決算発表がされていますが、各紙で取り上げられているのが、電機大手メーカー。
日立、三菱電機、東芝といった総合電機メーカーは減益ながらも最終黒字は確保。
反面、ソニー、シャープ、パナソニックの家電メーカーはいずれも大幅赤字。
特に、パナソニックは7,800億という、製造業過去最大規模。

積極的な工場新設等の設備投資が重荷となったというコメントが多いようですが、「「遅きに失した」設備投資が」とした方が正確でしょう。

ここで私は、判断の是非云々を語ろうとは思っていません。
それよりも、もうそろそろ今までの「業界の枠組」を洗い直すべきではないかと指摘したいのです。

今まで棲み分けられていた「業界」が、ICTによって横串を入れられたことで、多岐にわたる「業界」が様々な形でつながるようになりました。

誰がライバルなのか、コンペティターなのか、誰と市場を分け合っているのか。
そこには、従来の「業界」のくくりは既にありません。

スマートメーター、見える化、創エネ、PHVで、ハウスメーカー・家電メーカー・自動車メーカーで合従連衡が起きたのは最たる例ですね。これに、家電量販店やデベロッパー、商社も絡んできてますよね。

コンビニとドラッグストア、ホームセンター、食品スーパーも分かりやすいですね。

自動車メーカーのコンペティターは、スマホであるとも言えるでしょう。
若い人たちがアルコールを飲まなくなったのであれば、ビール業界のコンペティターは、業界内にはいません。
外食産業も同じ構図。

挙げだしたらきりがありません。
とどのつまりは、「新しい枠組」で考えることが必要なわけです。

SP-Methodでは、

その商品・サービスの「有用性」が変化したのは、どのような環境の変化があったからか?

と考えることがコアとなっています。
常に「環境の変化」に敏感になっていることが必要なのです。
さらに、「どのような環境の変化があったら有用性が向上するか」といった、仮定の、未来の想定も同時行いますので、「変化の先」についても意識しておかなければなりません。
時代の半歩先の商品を上市するのが、新商品開発のキモですからね。

「業界」というものは、アナリストさんたちにとっては役に立つ、使いやすいツールです。
フレームワークと一緒で、考えることを大幅に省略してくれますから。
それらしいレポートをお手軽に仕立てられます。

しかしながら、クリエーターでもある商品企画者・開発者にとっては、思考停止ワードとなってしまいます。
無意識のうちに、自分の思考に「ハミ」をかけてしまいます。

先の例で言うと、「自動車業界」と意識すると、他の自動車メーカー、他社の同じクラスの車がコンペティターとなってしまいます。しかし、同じようにお客様の可処分所得における「娯楽」「趣味」に対する出費を争っているのであれば、パソコンだったりスマホだったりするかもしれないのです。

レンタカーやカーシェアリング会社かもしれません。
教育関連企業かもしれません。

新しい価値を生み出す方におかれましては、新しい枠組を常に意識しつつ、「枠組にとらわれない」柔軟な思考ができるよう、常にアンテナを張り巡らせておくことをお奨めします。

電子書籍のページが「リアル」になるiPadアプリ

電子書籍と紙の書籍は共存する。
パイを奪い合うものではない。

私もそう思います。
いや、さらにマーケットが拡がる可能性もあると思います。
業界の救世主となるポテンシャルも持っているとさえ思っています。

ですが、韓国の学生が作ったこのアプリを見てから、少し複雑な思いです。

電子書籍のページが「リアル」になるiPadアプリ

まずは、ご自身の目で確認して下さい。

これが実現しているのは、電子書籍が有していなかったどんな有用性でしょう。
いや、異なった形で既に実現はしていますが、このソフトは、紙媒体と同じ方向で実現していると言っていいでしょう。

それは「一覧性」です。

流し読みですね。
パラパラとめくりながら、ざっと内容を確認することが出来るのは、紙の書籍の真骨頂。
あるページにはちょっと指を挟んでおいて、違うページを見に行ったり、端を折り曲げておいたり。

電子書籍では、サムネールを並べることで一覧性を確保しているし、もちろん、しおりもあるから、特定のページにいつでも戻れます。でも、紙の書籍とは異なるアクションになりますよね。これが悪いとは思っていなくて、ものが変わればやり方も変わって当然。同じ目的が達成できれば良いのですから、無理にこだわる必要は無いでしょう。

ここまで忠実に「様式」を再現されても、紙の書籍の「一覧性」の有用性は揺らがないと思います。
ですが、「一覧性」を含めその他の有用性に磨きをかける必要が出てくるのではないかと考えます。

特に、欧米。

彼らは、平気で分厚いペーパーバックや思いハードカバーの書籍を持ち歩きますよね。
空港では、脇に山積みにして、座り込んで読んでいたり、枕にして寝ていたり。
アップルもMacの13インチを「究極のモバイル」と以前は謳っていましたから。
それが、iPadひとつで済んでしまうのであれば、喜んで飛びつくでしょうし、現実にそうなりました。

さらに、かの国の書籍は紙質が非常に悪い。
だから、めくるのが心地よくないんですね。
ハードカバーのカバーも、すぐにめくり上がって、というか、反り返ってしまいますし。
ですので、個人的には「所有する歓び」も感じません。

本人がどう捉えているか分かりませんが、紙の書籍がそのレベルであれば、同等の一覧性を有した電子書籍で十分とするユーザー層が現れてもおかしくないでしょう。

そもそも、米国は電子書籍が紙の書籍を逆転したと言われていますので、その流れが加速するのは必至でしょうね。

他方、日本でそのような状況になるとは、にわかには考えられません。
雑誌であっても上質ですし、単行本は装丁も質感が高く、デザインもよく練られているものが多い。
帯もおしゃれっだったりして、作り込まれてるという感じですよね。
だからこそ、「所有する歓び」もあろうかというもの。
保存用に単行本、普段読み用に文庫本という本好きがいるのも、当然と思います。

しかしながら、欧米に比べて優位とは言え、全く無視を決め込むことは出来ないでしょう。
ただでさえ、紙の書籍の「存在意義」が問われている現状においては、先に述べたように、「紙の書籍」でなければならない理由、だからこそ実現できる有用性にこだわり、「だからこそ」と思われるようになる必要があるかと考えます。

本好きの私としては、両者がそれぞれの特徴を活かして切磋琢磨し、「文字を読む文化」を深化させ、マーケットが縮小どころか、拡大していって欲しいと切に願ってやみません。

以上、SP-Method的に考察してみました。

「こたつ」の復権はあるのか(その2)

昨日に引き続き、「こたつ」について考えていきましょう。

「こたつ」の有用性が向上するとしたら、どのような環境が考えられるか。
どのような環境の変化があったから、この冬売れ行きが良かったのか。

震災後の行動を特徴的に表すとして「絆消費」とよく言われました。

家族との結びつき、地域社会との結びつきを重視した消費行動を行うようになった。
結婚する若者が増えた。
家庭の団らんを大切にするようになった。
外食よりも中食、内食が増えた。

だから、団らんの象徴であった「こたつ」に人々の関心が向かった。
こたつを囲んでの家庭内コミュニケーションが、復活した。

ようには、私は感じないですねぇ。
否定はしませんが。

それよりも、「局所暖房」としての有用性が再認識されたと捉える方が的確ではないかと考えます。

省エネを競うエアコン。
何をやっているかと言えば、「人がいるところ」を監視して、「人がいるところだけ」暖めようとしています。
部屋を丸ごと暖めるのは、「ムダ」であり、効率的ではないからです。

「こたつ」はこの逆パターンですよね。

エアコンという機器が人の場所を探すのではなく、人が「こたつ」という機器の場所へ行く。
さらに、「こたつ」は枯れた技術ですから、非常にお安い。
省エネ性能悪いエアコンを買い替えようと思うとそれなりの出費になってしまいますが、「とりあえず節電」という向きには最適だったのではないでしょうか。

その「こたつ」も、以前と比較すると格段に省エネ性能も上がっているでしょうから、コストパフォーマンスは高いでしょう。夏場の扇風機と同じですね。(こちらは、エアコンとの相乗効果ねらいもありましたけど)

リサーチしたわけではないので分かりませんが、出荷数が増えているのは、パーソナルユース向けの小さなこたつではないかと思います。団らん目的ではないと類推されますので。

さらに、「すぐに暖まる」という「即効性」の有用性も寄与しているかと思っています。
すぐに暖まるというのであれば、こまめにon-offすることが出来るので、さらにムダがなくなりますよね。

暖かい場所が限定されることを嫌がる向きには、「ポータブル」という性能も有用かも知れません。
エアコンに見張ってもらうのではなくて、自分から持ち運ぶということですね。

つまり、「省エネ」「節電」を達成するに当たって、「今までの環境を変えずに」というのであれば、省エネ性能に優れたエアコンや電気を使わない石油ファンヒーターという選択肢になりますが、「部屋全体でなくてよい」という環境の変化を受け入れるのであれば、局所的に暖める「こたつ」や「電気ストーブ」なども選択肢に入ってきます。

また、電気エネルギーを利用した赤外線機器は消費電力が大きいというのが通例ですが、それでも省エネ性能は向上していますし、必要なときだけ利用するのであれば、こまめにon-offするのであれば、「総量」は減らせるわけです。

これらを考慮すると、「こたつ」が爆発的にヒットすることは考えにくいですが、一定のプレゼンスを示す存在にはなってくるものと考えます。

皆さんは、どのような解答を出されたのでしょうか。

「こたつ」の復権はあるのか(その1)

今日は「こたつ」を考えてみましょう。

この冬は、石油ストーブに加えて「こたつ」の売れ行きも良かったようです。
でも、最近見かけなくなったのは、私の周りだけでしょうか。

冬の風物詩は、「こたつとその上に置かれたみかん」ではありませんでしたか?
団らんの真ん中に「こたつ」があったように記憶しています。

「そのまま寝たら風邪引くから、ちゃんと布団に入って寝なさい」と何度叱られたことか….

そんな「こたつ」の売れ行きが良かったというのですから、見逃せません。
SP-Methodを当てはめて、考えていきましょう。

まず、再定義。目的ですね。
これは単純に「暖を提供すること」としてみます。

では、どのような有用性があったでしょうか。
いろんな意見が出るでしょうね。

まずは、布団よる心地よい暖かさを挙げたいですね。
冬の朝は、本当に布団から出たくない。
体温で暖まった布団は、この上なく気持ちよいという点には、皆さん「がってん」してもらえますよね。
こたつは、その布団の心地よい暖かさを、速やかに提供してくれるものだと思うのです。

加えて、天板があるのですから、食事も勉強も、仕事も、読書も、およそ体を動かさないで出来ることは全てできるんですね。もちろん、テレビを見るのは王道。

つまり、暖かさを提供すると共に活動のプラットフォームともなっていました。
それはすなわち、「団らんの場」を提供していたと言ってもよいでしょう。

食事をそこで済ませて、くつろいでみんなでTVを見ているところへ、洗い物を済ませたお母さんが入ってくる。そんな風景が何度となく繰り広げられたのではないでしょうか。

では、何故その有用性が低下したのか。

これは、今述べたことの裏返しですね。
暖かさを得ようとすれば、その「プラットフォーム」から離れられないと言うことです。
布団から出たら、寒いですから。

当時の代表的な暖房機器には、石油ストーブもありますが、こちらも、部屋全体を暖めるには荷が重い。
やはり、近辺しか暖まりませんでした。

そこに、現れたのがエアコン。
当初は高嶺の花だったものも、徐々に普及し始めました。
新しい省エネ基準を満たす住宅も増加し、気密性や断熱性能が向上。
さらに効率的に丸ごと暖房することが現実的になります。

すると、何も「暖房機器」に縛られている必要がなくなりますよね。
この過程の中で、有用性が低下していったのではないかと考えます。

皆さんの意見はいかがでしょうか?

では、「こたつ」の有用性が向上するとしたら、どのような環境が考えられるか。
どのような環境の変化があったから、この冬売れ行きが良かったのか。

この続きは、また明日ということで……

復活期待薄の商品の代表例

リバイバルの可能性が低い、というかあり得ないだろうと思われる商品の代表例は、消えていった記録メディアでしょうね。特に、PC。

磁気ディスクのフロッピーディスクは、今は昔。
8インチから始まり、5インチ。3.5インチは最も普及しました。
容量を増やした「スーパーディスク」というのもありましたよね。

次には光磁気ディスクのMO。これはまだ現役とはいえ、国内ではSONYのみ。
そのSONYも音楽用だけで無くデータ用のMDも品揃えしてますね。

光ディスクは、CDからDVD、Blu-rayと、方式を変えながら主流の座を維持しているという所でしょうか。

ここに来て、ポータブルから内蔵まで幅広く利用されるのが、半導体メモリ。
SSDや各種メモリーカード(SD、USB、メモリスティックなど)は旬ですよね。

何故リバイバルの可能性が低いかというと、データを記録、保持するという本質が、後発の商品によって完全に代替されているからです。

そして、有用性が見直されるとしたら、どのような環境の変化があった場合かと考えることが極めて困難。

法改正でレーザーの仕様が出来なくなった
シリコンの需給が逼迫して、民生用途では使えなくなった
半導体による何らかの健康被害が発生した

あり得ないでしょうし、あったとしても、更なる代替商品の開発に向かうでしょう。容量不足は決定的ですから。

ましてや「1 Step Further」は望むべくも無い。

さらに、メディアというのはそれを再生するデバイスが必要なわけで、時既にそのようなデバイスが市場から消えていますから、the endと言ってよいでしょう。

音声メディアでは、ニッチな商品、愛好家向けとして、レコードやオープンリールデッキ等が残りましたが、記録メディアでは、そのような、ノスタルジックを求めるギークはいないでしょうしね。

しかし、私は、検討をする際には、頭からダメ出しをするのではなく、「有用性がでるとしたら、どのような環境が考えられるだろう」と、ポジティブに考えることをお奨めします。

記録メディアのような典型例は、そう多くはありません。
かといって、「こうすれば間違いなく再商品化できる、再発明できる」というのも多くはありませんが、だからこそ、発想の勝負となる訳です。

その場合に、「できそうだ」と思って考えるのか、「できないよね」と思って入るのかでは、脳が感じる気分が全く異なります。

マネジメントでは、「出来ない理由を考えるのでは無く、どうしたら出来るのかを考えろ」と言われるのと相通ずるところがありますよね。

自分をだますことも感性マーケティングの一部。

ワクワクしながら、ものづくりを楽しみましょう。